ひるねゆったりの寝室

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【ネタバレ】映画『君の名は。』の感想――パッチワークが導く、新しい光

君の名は。

最初っからネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれて初めて、「胸を揉むシーン」に感動した。

女子高生が自分の胸を揉みしだいている光景にこれほどまでに揺さぶられ、大笑いするなんて。

 

◆『君の名は。』とパッチワーク

新海誠監督作品『君の名は。』はすさまじいパッチワークの作品だ。

物語の構成は思い切り『雲のむこう、約束の場所』で、その要となるのは『星を追う子ども』のアガルタだ。そのアガルタ要素を引き出すのは『言の葉の庭』で、時間と空間を飛び越えているところも何だか『ほしのこえ』っぽい。そして物語の最終盤は『秒速5センチメートル』のリメイクである。

新海作品以外でも『時をかける少女』『転校生』『いま、会いにゆきます』『サマーウォーズ』などを想起させる要素がゴロゴロしている。変則的な入れ替わり劇があることを除けば、「どこかで観た作品」の寄せ集めのようだ。

しかし、この作品はずば抜けて新鮮に思える

なぜなら、「変則入れ替わり劇」が圧倒的に面白いからだ。

 

◆これは新海作品なのか!?

物語の序盤、初めて三葉と入れ替わった瀧がとった行動は、「胸を揉むこと」だった。

これまでの新海作品からは想像しがたい、性的なネタである。劇中で妹の四葉から「ほんと自分の胸好きだよね」と言われるぐらい、瀧は三葉の胸を何度も揉んでいる。この行動から始まる入れ替わり劇は、想像以上に軽快だ。

お互いが入れ替わったことで起きるトラブルが、RADWIMPSの歌にのせてダイジェスト風に、決して重くならないように展開される。文句を相手の身体にマジックで書きこむところなんて、とてもバカバカしい。こんなに頭の悪そうなキャラ(いい意味で)が新海作品でメインを務めるなんて思ってもいなかった。

この楽しい入れ替わり劇は、後半物語の骨格が明らかになった後、鳴りを潜める。想像以上に深刻で、登場人物も「あの日々は本当だったのか」と疑うようになったところで、再び入れ替わりが起きる。三葉の身体で目覚めた瀧は、その体を愛おしそうに抱きしめる。ここで私も「ああ、よかったなあ……」としんみりするが、この映画の素晴らしい所はその直後だ。

妹が三葉を起こしに来ると、三葉(中身は瀧)は自分の胸を揉みながら大泣きしているのである。ものすごく笑えるのに、ものすごく泣ける。バカなネタでしかなかった「胸を揉む」という行為の意味が、一気に変わる。恐らく2度目の鑑賞時には、映画の冒頭の「初揉み」でグッと来てしまうはずだ。

 

◆すべてを覆す三文字

もう一つ、名場面がある。

物語のクライマックスで、三葉は町長である父親の助力を仰ごうと走る。そして派手に転ぶ。転んだあと、手を開く。自分と入れ替わって町を救おうとした瀧の名前を確かめようと、手を開く。しかし、そこに書かれているのは「すきだ」という三文字。

「お互いの名前を忘れないように、書いておこうぜ(笑)」というようなノリで三葉の掌に字を書いていた瀧。まるで思春期の男の子が「遊びに行かね?」と自然な話の流れを装って女の子を頑張ってデートに誘うような、観ているこっちが照れてしまうような真剣さ。

「すきだ」の三文字が言いたくて、時間も空間も飛び越えて会いに来た少年。そのバカ正直さと、ここに来て照れてしまう不器用さと、そのために耐えてきた試練を想起させる。それを「すきだ」の三文字に集約する脚本の秀逸さ。その全てに心を撃ち抜かれてしまった。

正直、クライマックスは町の人がそもそも何人いるのかとか、彗星が落ちてくるまでのタイムリミットが曖昧だとか、結局三葉はどうやって父親を説得したのかをぼかしているとか、RADWIMPSがしつこいとか粗だらけだと思うが、それらは「すきだ」の三文字の前には小さなものだと思う。

私は「すきだ」を見た瞬間、すべての粗がどうでもよくなってしまった。

 

◆パッチワークとファンサービス

「胸を揉む」と「好きだ」。この2つの新鮮さが、パッチワークをただのパッチワークにしない。新海監督はパッチワークの達人である。『星を追う子ども』に顕著だが、好きなアニメの要素を入れることに迷いが無い。とらドラ!』のファンだからとはいえ、自作にも田中将賀をキャラクターデザインに起用するなんて、直球にもほどがある。

今回はOPをつけたり、歌を何度もかけたりと、TVアニメーションっぽい要素が散見される(個人的には、『とある科学の超電磁砲S』の最終回を思い出した)。新海監督の「アニメが好きだ!」という思いが伝わってくるようだ。

そして、それが「自分の売り」だと分かっている。パンフレットにも「今回は、お客さんに対するサービスを徹底して意識した作品でもあるんです」とある。『星を追う子ども』の時はまだ不器用で、物語の本質までもがパッチワークに引きずられていた。しかし、今回はあくまでも『君の名は。』に奉仕する存在として後ろに下がっている。だからこそ、旧来のファンも「このセルフパロディはファンサービスなんだな」と安心して見ることができる。

 

 

君の名は。』は気持ちいい作品だ

様々な素材を集めてきて、かっちり固めているところもあれば、ノリと勢いで突き抜けているところもある。特に三葉の家族や能力にまつわる部分は、十分に描けてはいない(瀧に関しては恐らく描く気が無い)。あと20分あればかなり隙のないドラマに仕上がっただろう。しかし、観終わった後の爽快感は、この107分でしか得る事ができないはずだ。長々と書いてしまったが、この作品を表現するのにはたった一言で十分だ。

 すきだ。